#5 賢者の勧誘、令嬢の葛藤 4

マジックアカデミーでは、定期テストと実技による成績が、即そのまま、その生徒の実績として反映されるシステムを採用している。
そして、その実績がある一定の基準を満たした者には、更なる上のクラスにて指導を受ける事ができる昇格試験を、受験する資格が与えられる。
現在、カイル達は『大魔導士』クラスに所属しているのだが、その中でカイルだけが、先日のテストの成績で、次の『賢者』クラスへの受験資格を、ぎりぎりながらも満たしていたのだった。

「そのようなお話…私は受けてませんわ」
「そうですか…僕がこの話を聞いた時も、その授業で僕一人だけでしたしね…」
二人は、教室にて椅子に座り込み、話を続けていた。
「ですけど。それは、おめでとうございますわね」
「えっ?」
「勿論、お受けなさるんでしょう?」
「えぇ…そのつもり、だったんですけど…」
「どうかなさいまして?」
「うーん。なんて言いますか、僕一人だけが受けたりして、いいものなのかなぁ、と…」
「あら、それはもしかして、私や周りに遠慮されているのかしら?」
じぃ…とカイルを見る眼が厳しいものに変わる。
「いえっ、そういう訳じゃ、無いんですけど」
「なら、なんだと言いますの?」
一瞬の間、カイルは眼を伏せる。しかし彼はすぐに視線を戻すと、
「よかったら、また次の試験で。今度は一緒に、受験しませんか?」
シャロンの眼をまっすぐ見ながら、そう言った。
それは彼からの、直球とも言える意思表示だった。
「あ…」
その瞬間、シャロンの脳裏には、様々な考えがよぎる。
自分は、彼の事をどう想っているのか。
自分は、踏み込むのか。距離を置くのか。

「………」
シャロンは静かに瞳を閉じる。
「あの……シャロンさん?」
「お話に、なりませんわね」
「…え?」
「そんな情けをかけられて、この私が喜ぶとでも思ってらしたのかしら?」
「いえ…僕は、別に情けとか、そんなつもりじゃ…」
シャロンは、その瞳を開く。くすっと、口元を緩ませながら。
「そんな事をなさらずとも、私もすぐに追いつくに、決まってるじゃありませんこと」
「はい?」
「むしろ、その僅かばかりのリードを、せいぜい大切になさった方がよろしいんでなくて?」
「シャロンさん…」

そう、話にもならない。
私達の関係は、既にスタートしてしまっている。
そう言ったのは、他ならぬ自分自身ではないか。
そして彼は、それを受け入れたのだ。
なら、自分も踏み込もう。その答えが見えるまで。その結果が見えるまで。
シャロンはそう決めた。揺ぎ無い、信念だった。

「受けるべきですわ。貴方には、その資質がありますのよ」
「…分かりました。そう、します」
そしてカイルもまた、決意を固めたようだった。
「えぇ、頑張ってくださいませね」
シャロンはたおやかに、その顔を綻ばせる。
「…あっ、あの。それで、なんですけどっ」
そんなシャロンを前に、カイルは軽く赤面しながら続ける。
「なにかしら?」
「良かったら、ですけど。昇格試験が終わったら、その…」
「よろしいですわ。二人で、どこかへ出掛けましょう」
「ええぇっ!?」
「そう言いたかったのではありませんの?」
「いや…はい、その通りです。先に、言われちゃいました」
カイルはつい、片手で頭を押さえてしまう。
「当然ですわね。貴方の考えている事くらい、お見通しですわ」
そう言うと、彼女は颯爽と立ち上がる。
「さっ、それでは帰りましょうか。もう時間も時間ですしね」
そして、その返事も待たずに歩き出す。
「はい。…あっ、ちょっと、待ってくださいっ」

(まったくもう…一体どうして、こういう事になってしまったのかしらね…)
歩きながらも一人、苦悩するシャロン。しかしその顔は、とても穏やかだった。


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