#7 賢者の異変、令嬢の危機 4

何故だろう。
何故、シャロンさんは地面に倒れているんだろう。
何故、僕の右手は、知りもしない少年にナイフを突きつけているんだろう。

僕は、ずっと自分を見てきた。
苦肉の策ではあったけど、衝動を意識的に受け入れる事で、あたかも激流に乗るカヌーを操作するように、最低限の行動を制御する事には成功した。
どうやら自分はこの少年の意識を読み取っていたらしい。それは、魔法によるものなのだろうか。
だけど…そう。この少年がナイフを取り出した、その瞬間。そこで、全てが吹き飛んでしまった。
頭を支配したのは、あの日のこと。僕の家族が、僕の――。
「あぁ…」
…そうか…やはり僕は…この手で……家族を……。

「…やめなさい」
静かに、囁かれる。これは…シャロンさんの声だ。
「もう…彼には、何も、出来ないわ」
その言葉を確かめるように、僕は少年を見る。
「…ひっ…ひっ…」
泣いているのか、怯えているのか、後悔しているのか。
よくは読み取れないが、この少年がもう二度と、こんな真似など出来ないであろう事は明白だった。
「ね…。やめましょう?」
シャロンさんは起き上がると、優しく、繰り返す。
「僕、は…」
少しずつ、ナイフを少年の喉元から遠ざけていく。
「…殺してよ」
「…っ!?」
その時。突然、少年が呟いた。
「もう…、おわりなんだ……。だったら、いっそ、今すぐに…殺して、よ…」
なにを、いって、いるんだ…?
視界が、暗くなる。全身の血の気が、引いていく。
僕は…今でも、こうして、苦しんでるんだぞ? なのに…なんで、こいつはっ!
無意識に、僕はナイフを握っていた手を大きく振りかぶらせていた。
「カイルッ!!」
動きが止まる。シャロンさんが、僕の名前を、叫んでいた。
「…カイル…貴方は、カイルよ…」
そうだ…僕はカイルだ。
カイルは、知っている。死とは、どんなものかを。
「そうだ…。終わりが死だなんて……そんなの、嘘だ…っ!!」
僕は、右手を開く。ナイフが、ゆっくりと地面に落ちていった。

ビシィッ!
次の瞬間、右手に走る衝撃。
「えっ?!」
そして、聴こえる女性の声。
僕が、ゆっくり振り返ると、ユリさんが、蹴りを放ち終わった姿勢で、そこに立っていた。
「…えっと。私ちょっと、遅かったみたいだね」
彼女は困った風に言う。
「っていうかね…。あんた、何してんのよっ!!」
ユリさんの後ろから、ルキアさんがまくし立ててきた。
「大丈夫…。彼に邪気は、無いわ」
マラリヤさんもやっぱり一緒だ。
「そうですわ。彼は、私を庇ってくださっただけですから」
シャロンさんが、服についた土を払いながら、ゆっくり近づいてくる。
「それから…貴方」
彼女は、ただ震えているだけの少年と、向き合う。
パァンッ!
平手打ちが、彼の右頬を払った。
「よくお聴きなさい。貴方がしてきた事は、今まで誰にも気付かれて無いと思ってても、本当は皆が感づいてますわ。そして、必ず貴方に仇となって返ってきます。それを認識した上で、これからずっと、生きていく事ね」
「…ひっ、ひっ……っっ!!」
少年は、声にならない呻き声をあげながら、走って逃げていった。

「…なんか、よく分かんないけど。これでおしまい、かな?」
ルキアさんは言う。
「そうね……胸騒ぎももう、消えたわ…」
その問いに、何故かマラリヤさんが答えた。
「…シャロンさん」
僕は、口を開く。衝動は、いつの間にか消えていた。
「えぇ、なにかしら?」
「その…二人の時、言いかけていた事なんですけど…」
「…そうですわね、聴きましょう」
本当は、言いたくない。でも、言わなければ。
僕はじっと、シャロンさんの顔を見つめる。
「……僕は。この手で、家族を、死なせました」
「えっ…!?」
シャロンさんが固まる。他の3人も、同様だった。
「だから、お願いです。やっぱり僕とは、もう関わらないで下さい」
「っ……」

僕は、許せなかった。自分の過去が。
そして、その過去をごまかそうとしていた自分が。忘れようとしていた自分が。
今までに、自分がしてきた事はなんだ? そして今、自分がしようとした事はなんだ?
それら全てが、ただ、ただ、許せなかった。
だから…。

「シャロンさん」
これまでの二人を、
「今まで短かったけど、ありがとうございました」
これまでの自分を、
「本当に…ありがとう」
ゆっくりと、
「それから」
ゆっくりと。
「ごめんなさい」
断ち切るように、
「そして」
僕は、
「さようなら」
そう告げた。


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