#6 賢者の安堵、令嬢の憤怒 4

「買ってきました。どうぞ」
「ありがとうございますわ。私、こういった物をいただくのは、初めてでしてよ」
「えぇ、それなら良かった。お気に召すかどうか分からないけど、食べてみてください」
海の見える大きな公園に、二人はいた。
そして、並んでベンチに腰掛け、缶の紅茶と、ホットドッグを口にしている。
「どうですか?」
「えぇ、そうですわね。たまにはこういうのも、悪くありませんわ」
「すいません、こんな物しか買えなくって」
「もう、貴方が気にされる事ではありませんと、言ってるじゃない」
「はは…そうでしたね」
カイルは、例のチャーターしたリムジンの代金を、自分が全額払うからというシャロンの申し出を拒み、折半して払う事を押し通した。
結果、前持って用意していたその日の費用のほとんどを、彼はいきなり使い果たしてしまったので、二人はお金をかけない選択肢として、公園に行く事にしたのだった。

「でも…本当に。こういうのも、悪くありませんわ」
シャロンは繰り返して言う。
「何気なく一日を過ごす。なんていう事も、人生の機微においては、必要だと思いませんこと?」
「そうですね…僕も、同感ですよ」
二人の間を、やわらかな風が通り過ぎていく。
「それにしましても…貴方、変わりましたわね」
「えっ?」
「感じが、これまでより、明るくなりましたわ。以前はそんな風に、穏やかな表情はされませんでしたし」
「そうですかね…自分じゃ、よく分かりません」
口ではそう言ってしまったが、カイルは自分でも気付いていた。
自分は、変わった。いや、自分が自分になっていく、という感覚の方が、より近いのかも知れない。
「でもそうだとすると、それはシャロンさんのおかげだと思いますよ」
「えぇ、その通りですわね」
わざと悪戯っぽく言うと、シャロンは優しく笑う。そんな彼女に、ついカイルもつられて笑ってしまう。
そして、彼は改めて自覚する。不思議なくらい落ち着いてる自分がいる、と。
(僕は、受け入れようとしているのかな…これまで、自分自身を)
そう考えながら視線を前に向けると、大海が、まるで今の彼自身の心を映すかのように、どこまでも拡がっていた。
「…シャロンさん」
カイルは、そんな緩やかな時の中で、静かに口を開く。
「よかったら…僕の話を、聴いてくれますか」


「到着、ね…」
「……酔った。ユリっち、肩かして」
「わっ! ちょ、ちょっと!」
マルキュリヤご一行が、公園へと降り立つ。
彼女らは、カイル達の乗る車に、マラリヤが予め仕込んでおいた魔力によるマーキングを探知する事で、その場所を突き止めたのだった。
なお、多大な援助を申し出てくれた偉大なるサンダース氏には、せっかくなのでそのまま敵地探索の任務を続けてもらう事にした。
「しっかし、よくやったもんだよね、マラリヤも」
「権謀術数。騙される方が悪いのよ…」
「それにしても、車まで持ってるなんて、彼って一体何者なんだろ?」
「そーんなの、わたし達が気にしたってしょーがないじゃん。さっ、行こ行こ」
いつの間にか回復していたルキアが、率先して歩き出す。
「行こ…って、あの二人がいるトコのあてでもあるの?」
「んー? マラリンが車ん時みたく、何か仕込んでくれてたりしてんじゃないの?」
「無理よ…。人体に直接となると、感知される危険性が高いから…」
「マジィ〜!? まいったなぁ…」
ルキアは片手で頭を押さえる。
「まいっか。そんじゃ虱潰しってヤツねっ。さぁ、レッツゴォー!」
しかし一瞬で立ち直ると、再び歩き出した。
「行きましょうか…」
「ふぅーっ。仕方ないなぁもぅ。ここまできたら、付き合ったげるよっ」

その10分後。
「なぁ、いいじゃん。オレ達とメシでもいこうって〜」
「そーそー、それに最近この公園ヤバイヤツ出るらしいってよ。キケンだろ?」
ルキア達は、4組目のナンパに声をかけられていた。
一般的に見ても、見た目の平均を軽く凌駕している女の子が、休日の公園に3人でいるのだから無理も無い話ではある。
「ったく、うっとぉーしぃわねぇ!」
「ありえない。ってゆーか、邪魔するなら、あんたたちも蹴るよっ」
「ぁ?」
びししぃっ!!
刹那、ユリの閃光のような連続ハイキックが決まり、名も無きその男達は地に伏せる。
「おおおおぉっっ!!」
そして盛り上がるオーディエンス(含むナンパの順番待ち)。
「おっしゃー! さっすがユリっち!」
「こんなのちょろいちょろい! さぁて、次行くよ、次っ!!」
「哀鴻遍野。無様ね……」
既に当初の目的は、霧散しつつあった。


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