#6 賢者の安堵、令嬢の憤怒 5

前を見つめながら、カイルは語りだす。
「僕には、これまでずっと、受け入れられなかった事があるんですよ」
「………」
シャロンは黙って、彼の言葉に耳を傾けていた。
「それは、今思い出すだけでも、とても怖くて。恐ろしくて…」
「でも、それは自分が引き起こしてしまった事なんだ、とも思ってて」
「周りの人達は、違う、そうじゃない、なんて言ってくれたりもしたんですけど…」
「やっぱり、どうしても認める事ができなくて」
「それならいっそ、何もかもを全部自分のせいにして、閉じ込めた方が、まだ良い」
「そうすれば、僕が苦しむ事に、まだ自分の中で意義を見出せる」
カイルは、シャロンの方を向く。
「そんな風に、考えてきたんです」
「…一体…何が、ありましたの?」
慎重に、彼女は問いかける。
「僕には家族がいました。でも今は、もう、いません」
「っ…」
「本当は、僕は真実を知る事がずっと怖かった。だから…逃げたんですよ。人付き合いからも」
「正直言うと、今でもまだそれを知る勇気は、ありません」
「でも、シャロンさんはこんな僕の背中を押してくれたから」
カイルは立ち上がる。
「だから、少しだけでも、歩んでみようと思いました」
それから、自分の意思を確かめるように数歩だけ前へ足を進める。
「僕は…」
そして、振り返ろうとする。その時、
「そこっ、どいてぇーーーっ!!」
「え?」
カイルは、突然声を掛けられた方向に、顔を向ける。次の瞬間、
どんっ! ばさっ。
「んんっ!」
「〜〜っ!!」
「……うそ?」
シャロンの目が思わず点になる。
彼女の眼前にあるのは、まるでカイルを押し倒すようにして覆いかぶさっているルキアの姿。
しかも事もあろうに、両者の唇が、密着していた。
「わわっ!」
「…略奪愛、ね…」
少し遅れてついてきたユリとマラリヤが、まるでテレビドラマを見るように言った。


「…で、一体、何が、どうしたら、こういう事に、なったのかしら…?」
シャロンは腕を組み、仁王立ちしながら、3人を睨みつける。
そんな彼女と相対するように、ルキア達はベンチの上にて、正座させられていた。
カイルは、ぶつかったショックで少し眩暈が、と言って手洗い場に行っている。
「あははっ。いやー、これには深い事情があって。ねぇ、ユリっち?」
「そ、そうなんだよねっ、ちょっと、ヒートアップしすぎちゃったって言うか、20人抜きはやりすぎたかなって言うか、ねっ、マラリヤ?」
「…子供の相手は疲れるわね…」
がんっ! べしぃっ!!
シャロンは手にしていた紅茶の缶を華々しく地面へと叩きつけになられると、寵愛するようにそれをお踏みあそばされた(彼女の尊厳の為、表現を一部緩和しております)。
「な、に、を、してらしのたかしら?!」
「…ごめんなさい」
「…すみませんでした」
「…ぎゃふん」
ルキア達は、観衆のボルテージも最高潮に達し、もはやユリによる公開連続組み手会場と化してしまったその場から、隙を見て一斉に逃げ出した。
そしてその際に、幸か不幸か、カイル達と遭遇してしまったのである。
しかし彼女達は、あくまでそこには偶然に居合わせたという事で、口裏を合わせていた。
最初から尾行(つけ)てました。などと言った日には社会的に抹殺されかねないからだ。
「もう…信じられませんわっ、最悪ですわっ、言語道断ですわっ!!」
「まぁまぁ、彼も別に初キッスって訳でもなかったんでしょ?」
ごごごごご……。という効果音と共に、シャロンの回りに見えない何かが集まっていく。
「何でも、ありません」
そんな気がしたルキアだった。
「それよりも…シャロン。貴女は彼の様子を見に行った方が、いいわ…」
一人、自分のペースを崩さないマラリヤが、そう進言する。
「言われなくても、そうしますわよっ!」
まだ怒りが収まらない様子だが、シャロンは踏みつけた缶を捨てると、カイルの後を追う。
ルキアとユリは、そんな彼女を見送ると体を崩し、脱力した。
「ふぅ…あーあ、仕方ないね。これまでかなぁ」
「だね、もう止めとこうよ。それより私、お腹すいたー」
ユリは天を仰ぐと、両手で腹部を押さえる。
「うん、わたしも。じゃ、何か食べに行こうかっ」
「……駄目よ」
マラリヤは立ち上がると、二人を静かに規制する。
「えっ?」
「なんで?」
ルキア達は思わず問いかける。
「このまま続けましょう…。胸騒ぎは…まだ、消えてないわ…」
「………」
ルキアとユリは、お互いの顔を見合わせる。
マラリヤは、じっと、シャロン達の去った方を見ている。その眼は、真剣だった。


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