#9 賢者には花束を、令嬢には約束を。 2

「ん……」
やがて、カイルは覚醒する。
「眼を覚ましたかしら?」
そんな彼のすぐ近くで聴こえる声。
カイルは、自分のベッドにて横になっていた。
そして側ではシャロンが椅子に腰掛けて、彼の様子を見ている。
「シャロンさん…僕は…?」
「もう、急に倒れるから、心配しましたのよ」
「……あぁ」
そこで彼は思い出す。自分が意識を失うまでの経緯を。
「すみません…僕、どのくらい気を失ってましたか?」
「そうですわね…だいたい、3、4時間といったところでしょうか」
「えぇっ?!」
ガバッ、という音をたてる勢いで、カイルは身を起こす。
「うわ…」
うっすらと夕暮れに近づく窓からの風景を見て、彼は愕然とする。
「その様子でしたら、体調などに問題はなさそうですわね」
しかしシャロンは平然としていた。
「あの…シャロンさん。もしかして、授業は…」
おそるおそる、カイルは尋ねる。
「えぇ、サボタージュさせていただきました」
「…しまった」
頭を抱え、どうしようと考える。けれど一方で、嬉しい、とも感じてしまうカイルだった、
「それにしましても…」
そんな彼の様子を見ながら、シャロンは語りだす。
「どうやら、真実は見えたようね」
「真実…?」
「貴方が倒れる直前、私にも感じられましたわ。貴方の感情や、意思が」
「あ……」
「最初から、私は貴方のその能力は一方通行によるものでは無いはず、と考えていました」
「何故ですか?」
「意思というものは、お互いに疎通してこそ初めて意味があるからです。当然でしょう?」
「…確かに、そうですね」
カイルは素直に頷く。
「貴方の家族を襲った犯人は、その場で貴方の恐怖を感じ取ったのよ」
「………」
カイルは振り返る。あの時の、自分の事を。しかし、そこに畏怖の感情は無い。
「家族を、目の前で失った者が抱く恐怖を急に感じるなんて…まず、耐えられるものでは無かったのでしょうね」
「だから…、その犯人は、その場で自らの命を絶った…」
「それが、もっとも妥当性の高いと思われる結論ですわ」
「………」
(もしかすると、今までに僕が数多く見てきた悪夢は、その瞬間の事だったのかも知れない…)
考えれば考える程、心の中に閉ざしてきた色々なものが、氷解していく。
そんな風にカイルは思う。でも、それらはすべて――。
「シャロンさんの、おかげですね…」
「なにがかしら?」
その彼女は、彼の側で、やはり優しく微笑んでいた。
「ありがとう、ございます」
それだけ言うと、カイルも笑った。それが、自分の意思だからだ。
「…礼にはおよびませんわ」
シャロンは、彼の様子を見ると立ち上がる。
「さて。これでようやく、収束ね」
そして、安心したように呟いた。
「収束?」
「えぇ、私たちのお付き合いも、これまでですわ」

「………はい?」

「今回の事、私も色々と学ぶものがありました。実に、有意義でしたわ」
唖然となるカイルを他所に、シャロンは一人、満足げな様子だ。
「ちょ、ちょっと待ったっ!」
「どうかしまして?」
「その…、ホントに…ですか?」
「ですわ」
「……納得が、いかないんですけど…」
「それでしたら、例の勝負の勝者特権を行使しましょう」
「………」
カイルは意識が遠のきそうになる。ついさっきのそれとは、また違う意味で。
「大丈夫」
しかし、そんな彼の頬に、シャロンはそっと片手を添える。
「え…?」
「これからは、貴方が踏み出すの。難しい事では、ありませんわ」
そしてまた、にこりと微笑む。反則的な笑顔だと、カイルは感じた。
「…本当に、貴女にだけは、敵いません…」
彼は思わず口に出して言う。少しだけ困ったように。けれど、どこか楽しむように。
「まぁ、当然ですわね」
「シャロンさん」
「はい?」
「せっかくですから、床にでも、のた打ち回りましょうか?」
それは、彼が彼女の意識を感じた時に捉えた、一つの些細な思い出。
シャロンは一瞬驚いた顔をする。しかし、すぐに何の事か気付いたように、口元を緩ませた。
「いえ、それには及びませんわ。これまでの行いに免じて、お許しいたしましょう」
「それはどうも。ありがとうございます」
「えぇ、どういたしまして。それから…私からも、ありがとうございましたわ」
「…僕からも、どういたしまして、ですよ」

こうして、実に様々な紆余曲折を経た上で、二人の交際は、ここに終結した。


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