#4 賢者の逡巡、令嬢の叱咤 2

カイルとシャロンは、同じ教室までの道のりを、並んで歩いている。
何故こうしているのかというと、二人が付き合う事になった際に最初に決まった事柄が、一緒に登下校をする、という約束だったからだ。
(しかし、こういう場合は、一体何を話したらいいんだろう…)
カイルは悩んでいた。今までにこういった経験が全く無かったからである。
ちらり、と彼はシャロンを見る。
凛として前を見ながら歩く姿は、傍目から見ても可憐である、と言えるだろう。
それだけに、今現在、どうして自分とこういう関係になったのだろうかと、不思議に思うカイルだった。
「あの…」
「なにかしら?」
「貴女にはもっと、他に素敵な男性がいるんじゃないんですか?」
ずべんっ!
豪快に滑り転ぶシャロン。
「うわっ、シャロンさん、大丈夫ですか!?」
「あ、あ、貴方という人は…」
シャロンは埃を乱暴に払いながら立ち上がる。
「それがっ、晴れて付き合う事になった彼女へ、2日目の朝一番に言う台詞ですのっ?!」
「えっ、僕、何か変な事言いましたか?」
「えぇ、言いましたわ。まるで、これから別れを切り出すかのような口上でしたわねっ!」
「あっ…すいません。どうも、こういう事に慣れてないもので…」
「慣れる、慣れない、という問題では無いと、私は思いますけれどっ」
「そうですね、気をつけます。でも…」
「なんですの!?まだ文句がおありかしら?」
「いえっ、違います。その…シャロンさんはどうして、僕なんかと付き合おうと思ったんですか?」
「あら、そんなの決まってるじゃありませんこと。逃した魚が…」
「魚?」
「い、いえ、なんでもありませんわっ」
そこでシャロンは一旦、こほんと咳払いをしてから、続ける。
「そうですわね、強いて挙げるなら、誠実そうな人柄に惹かれたから、かしら」
「誠実…ですか…」
「えぇ、ご自覚がありませんの?」
「そうですね。人柄なんて、所詮は見せ掛けですから」
「え…?」
「僕は、誠実だなんて、そんな大層な人間じゃありませんよ」
朝の悪夢は、まだカイルの中に、嫌な余波を残していた。彼はつい、偽らざる気持ちをシャロンに明かしてしまう。
「だから、あの時、僕には関わらない方がいいと言ったのは、本心です」
貴女を自分のせいで傷つけたりしたくはないから。そう思うカイルの気持ちもまた、本心だった。
「………」
しかし、そんな彼の本心など露知らず、シャロンの心の内には新たな火が点る。
「上等ですわね」
「…えっ?」
「貴方がどのような人間か。確かに、私はまだよく量り得てませんわ。でも、それはこれから知っていけばよろしいだけの事でなくて?」
「それは、その通りですけど…僕には」
「貴方には貴方の都合があるように、私にも私の都合がありますの。でも、そんな事をいちいち気にしてて何になるのかしら?相手に認めてもらう事を放棄しているようにしか、私には見えなくてよ」
「うっ…」
「だいたい、もう私達の関係はスタートしてますのよ?四の五の言わず、これからの事を考えてくださらなくては、張り合いがありませんわっ」
「………」
(…そうか…そうだよな。彼女の言う通りかもしれない…)
カイルは考える。悪夢の余波が、ゆっくりと消え去っていくのを、彼は感じていた。
「そうですね…解りました。それではシャロンさん。改めて、宜しくお願いします」
「えぇ、よろしくてよ」
こうして、二人の交際は静かに、けれど確かに、動き始めた。


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